スティーヴン・セガール

更新日:2015.11.18.

スティーヴン・セガールこれまで最低主演男優賞に何度もノミネートされているスティーヴン・セガールですが、2002年に公開された映画「奪還 DAKKAN -アルカトラズ-」でやっと最低主演男優賞に輝いています。
遅刻と早退の常習犯で、1度は映画製作会社からも訴えられています。
劇場公開しても興行成績が望めないスティーヴン・セガールの主演作は、短期間だけ一ヶ所の映画館で上映されてビデオでリリースされています。

それもアメリカはもちろん世界中でもほとんど売り上げが望めないので、スティーヴン・セガールが第2の故郷と言ってる日本での売り上げが主です。
スティーヴン・セガールと日本の関わりは、重婚でした。
17歳の時に来日して、英会話の学校を開きながら合気道を学びました。
そのため合気道は7段と達人のレベルです。

さらに合気道だけでなく、禅・剣道・柔道・空手・太極拳・中国武術と格闘技のオタクです。
大阪の十三にある合気道道場の娘と出会い1975年に結婚し、女の子と男の子にも恵まれます。
ところが1983年に突然アメリカに帰り、翌年の1984年に女優のアドリエーン・ラルッサと結婚したのです。

この時点ではスティーヴン・セガールはまだ合気道道場の娘と結婚していたので、これを知ったアドリエーン・ラルッサは怒り同年に離婚しています。
その後合気道道場の娘とも1986年に離婚しています。

しかしスティーヴン・セガールまだ懲りませんでした。
その後に公開された映画「ハード・トゥ・キル」で共演した女優のケリー・ルブロックと1987年9月5日に結婚し、一男二女が生まれましたが1996年にふたたび離婚します。