三木谷浩史の章

更新日:2015.10.12.

三木谷浩史の章楽天の創業者である三木谷浩史と晴子夫人の出会いは、1988年に一橋大学を卒業し入行した日本興業銀行でした。
上智大学を卒業した晴子夫人は1990年に日本興業銀行に入行し、三木谷浩史と日本興業銀行のテニス部で知り合い、1991年にふたりは結婚します。

同年三木谷浩史はハーバード大学に留学し、1993年にハーバード大学経営大学院でMBAを取得し帰国します。
三木谷浩史はこのアメリカでのハーバード大学に留学中に、将来アントレプレナーとして起業することを考え始めます。

帰国した三木谷浩史は日本興業銀行でM&Aを担当し、当時三木谷浩史が担当した顧客のなかにはソフトバンクの孫正義や、TSUTAYAの増田宗昭などがいました。
1995年1月17日に起きた阪神大震災で叔父と叔母を失い、この大震災が三木谷浩史の人生観に影響を与え、起業を決意させます。
同年11月に日本興業銀行を退職し、コンサルティング会社「クリムゾングループ」を、採用した新卒者と2人でスタートさせます。

1997年2月7日に現在の楽天である、株式会社エム・ディー・エムを設立します。
2002年には3000億円近い資産を所有し、フォーチュン誌の若手富豪ランキング6位に選ばれます。
2011年には資産約4648億円で世界ランキング182位で、日本富豪ランキングでは5位にランクインされています。

1991年に結婚した晴子夫人は、三木谷浩史が楽天を創業してからは楽天の経理や広報を担当し、2001年までは楽天の副社長として夫三木谷浩史を支えてきました。