大山倍達の人生

男女の出会いと無頼の人生

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更新日:2015.09.02.

大山倍達の人生極真空手の創始者である大山倍達は、梶原一騎二の漫画「空手バカ一代」に出てくる実在の人物です。
韓国名は崔永宜で、1964年に日本国籍を取得し帰化しています。
戦後は暴力団の用心棒をしたり、進駐軍のアメリカ軍人と喧嘩三昧の毎日で、指名手配されるなど荒れた生活を送っていました。
一度は警察に逮捕されますが脱走し、身を隠す目的で山にこもり空手の修行を行います。

その後俳優だった藤巻潤の実の姉である智弥子と出会い、結婚した翌年の1947年に、京都で開催された戦後初めての全日本空手道選手権で優勝します。
1952年には当時プロ柔道家だった遠藤幸吉とアメリカに渡り、約1年間全米各地でプロレスラーやプロボクサーと戦っています。

帰国した後に47頭の牛を素手で倒し、うち4頭を即死させます。
その時の様子は1954年に上映された、ドキュメント映画「猛牛と戦う空手」で公開されました。
1964年にはフルコンタクトの空手極真会を設立し、今では極真会は世界中に多くの支部や弟子がいるまでに普及しています。

かずかずのエピソードがある大山倍達ですが、ある日大山倍達があるクラブで横山やすしと出会い、大山倍達が指で10円玉を曲げられると聞き、大山倍達に実際に見せろと迫り大山倍達がこれを断ると、横山やすしが「兄ちゃんちょっと待てや!逃げんのかい!」 と大山倍達の正体を知らずに絡んだ話は有名です。

横山やすしはその時クラブのママから、大山倍達が空手道場を開いていると知り、「明日おまえんとこの道場に勝負に行ったるわ」と啖呵を切ったそうです。