安部譲二の人生

男女の出会いと無頼の人生

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更新日:2015.08.31.

安部譲二の人生1987年に文藝春秋から出版された「塀の中の懲りない面々」で作家デビューした安部譲二は、これまでの自分の刑務所での服役体験を書いた異色の作家です。
安部譲二は日本郵船に勤務していた父親の仕事の関係で、幼少時代をイギリスやイタリアで過ごします。

日本に帰国後、名門麻布中学校に在籍の時に、当時江戸川乱歩が主宰していた雑誌にアブノーマルなセックス小説を投稿し、江戸川乱歩から「この子は心が病んでいる」と言われます。

さらに麻布中学校に在学中から安藤組の事務所に出入りしていたため 麻布高校への進学が認められず、仕方なくイギリスウィンブルドンの寄宿制学校 「リッジウェイススクール」に入学します。
「リッジウェイススクール」に在学中には、ボクシングのライトウェルター級の試合で優勝しています。

再び日本に帰国した安部譲二は慶應義塾高校に入学しますが、早稲田大学の学生16人と喧嘩しこのことが問題となり、1955年に慶應義塾高校から除籍となります。

16歳の時には正式に安藤組の組員になり、安藤組の組員だった19歳の時に懲役2年6月執行猶予5年の有罪判決を受けます。
その後23歳の時に日本航空に入社し、正体がばれる27歳まで日本航空の客室乗務員やパーサーを勤めます。

そして最初の妻遠藤瓔子と出会い、結婚をします。
その後も結婚・離婚を繰り返し、何度も懲役に行った安部譲二ですが、1981年にヤクザから足を洗います。