鈴木清順の人生

男女の出会いと無頼の人生

  • 更新回数:9回
更新日:2015.08.28.

鈴木清順の人生これまで映画「殺しの烙印」・「ツィゴイネルワイゼン」・「陽炎座」・「夢二」など、数多くの作品を世に出してきた映画監督の鈴木清順が、2004年に48歳年下の女性と出会い再婚しました。
芸能界でもこれまで元ドリフターズの荒井注が38歳の年の差婚で、加山雄三の父親上原謙が37歳で、最近では元アナウンサーの山本文郎が30歳の年の差婚ですから、鈴木監督の48歳の年の差婚は際立っています。

ここ最近は持病の肺気腫や体調が優れないため、何度か救急車で病院へ運ばれているそうです。
ちなみに元NHKのアナウンサー鈴木健二は弟になります。

鈴木清順は最初、松竹大船撮影所に入りますがその後、日活に移籍し1956年に映画監督としてレビューします。
その後も「肉体の門」や渡哲也主演の「東京流れ者」や、高橋英樹主演の「けんかえれじい」などかずかずの話題作を制作します。

ところが1968年に制作した宍戸錠主演の「殺しの烙印」で、当時の日活の社長と衝突し日活を追われます。
その後1977年までの10年間は映画監督の仕事はなく、不遇の時期を送ります。
松竹時代の1950年に最初の妻と出会い、1997年に死別しています。
47年間の結婚生活でした。

自分の作りたい映画作りに最後までこだわり、これまで仕事をしてきた鈴木清順の人生は素晴らしいものです。
ただそれも47年間にわたって鈴木清順を支えくれた、前妻の存在も大きいと思います。