加藤和彦と安井かずみの死

更新日:2015.07.27.

加藤和彦と安井かずみの死アマチュアフォークグループ「ザ・フォーク・クルセダーズ」を結成し、その後1970年の初めにロックバンド「サディスティック・ミカ・バンド」で活躍した加藤和彦の死は、最愛の妻安井かずみを亡くしたことと無関係ではないでしょう。

加藤和彦と音楽の出会いは、ボブ・ディランの「Don't Think Twice. It's All Right」でした。
龍谷大学在学中の加藤和彦は1965年に、世界中の民謡を紹介するという考えから5人で「ザ・フォーク・クルセダーズ」を結成します。
2年後の1967年にグループの解散記念にと製作費23万円で自主制作した、アルバム「ハレンチ」の中にあった「帰って来たヨッパライ」と「イムジン河」が思わぬヒット曲となります。
これが加藤和彦の運命を大きく変えることになります。
仏師だった祖父の後を継ぐつもりで仏教系の大学に入学した加藤和彦ですが、プロデビューの話が舞い込んできたのです。
難色を示していた加藤和彦ですが、1年限りの約束でプロの世界に入ります。
コミカルなデビュー曲「帰って来たヨッパライ」の後、発売が予定されていた「イムジン河」は発売中止になります。

1970年7月には、最初の妻福井ミカと出会い結婚します。
加藤和彦とミカとの出会いは、加藤和彦の大ファンだった福井ミカが加藤和彦の楽屋に押しかけたことです。
そして福井ミカをボーカルに「サディスティック・ミカ・バンド」を結成しますが、福井ミカはツアー中にイギリス人プロデューサーのクリス・トーマスと不倫関係になり、加藤和彦とは離婚し「サディスティック・ミカ・バンド」も解散します。

1977年には作詞家の安井かずみと出会い再婚しますが、1994年3月17日に肺癌のため55歳の若さで亡くなります。
加藤和彦はオペラ歌手の中丸三千絵と再々婚しますが2000年に離婚し、2009年10月17日にホテルで首を吊り自殺します。
享年63歳でした。