ビートたけしの波乱万丈な人生

男女の出会いと波乱万丈

  • 更新回数:10回
更新日:2015.07.15.

ビートたけしの波乱万丈な人生「コマネチ」のギャグや首をひねる仕草で知られるビートたけしも、波乱万丈な人生を送る芸人のひとりです。

塗装の職人をしていた北野菊次郎と北野さきの五男として生を受けた北野武は、明治大学中退後は浅草のストリップ劇場浅草フランス座で、芸人見習いとしてエレベーターボーイをします。
ビートたけしは後に、この時の経験がその後の芸人生活に大きく影響していると語っています。

ビートたけしの芸名は、浅草フランス座を辞めたあとに組んだ漫才コンビ「ツービート」からです。
強烈な毒舌ネタで人気を集めていたビートたけしは、当時女流漫才コンビ「ミキ&ミチ」として活躍していた内海ミキと出会い1979年に結婚します。
その後「スーパージョッキー」・「天才たけしの元気が出るテレビ」・「痛快なりゆき番組風雲!たけし城」など、かずかずのレギュラー番組を持っていたビートたけしが世間を騒がせる事件を起こします。

1986年12月9日に起きた「フライデー襲撃事件」です。
この事件はビートたけしが当時交際していた21歳の専門学生が通う学校の校門付近で、写真週刊誌「フライデー」の契約記者がこの専門学生から無視されたことに怒り、乱暴したことがきっかけでした。
このことを知ったビートたけしが、たけし軍団のメンバー11人とともに、抗議のため「フライデー」の出版元の講談社の編集部に押し掛けたのです。
当初ビートたけしは軍団のメンバーに「絶対手を出すな」と言っていましたが、軍団のメンバーは編集部にあった傘や消火器で「フライデー」の編集長や編集社員に暴行を働いた容疑で全員逮捕されました。