松田優作と2人の妻との絆

男女の出会いと絆

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更新日:2015.06.22.

松田優作と2人の妻との絆癌のため1989年11月6日に、40歳の若さでこの世を去った松田優作には2人の妻がいました。
最初の妻松田美智子との出会いは、1971年5月でした。
松田美智子は学習院大学在学中にミスコンテストで1位に入賞し、大学卒業後は金子信雄主宰の劇団に入り、そこで松田優作と出会います。
すぐにふたりは意気投合し同棲を始め、その後松田美智子は女優として活躍し、1976年12月25日には松田優作とあいだに長女を出産します。
しかし松田優作が後に二人目の妻となる女優の熊谷美由紀と浮気をしたのが原因で、1981年12月24日にふたりは離婚します。

離婚後も松田美智子は松田の苗字を名乗り、シナリオライターを経てノンフィクション作家になります。
松田優作と出会いや結婚生活を描いた「永遠の挑発」には、松田優作が遊郭で生まれ育った過去や、韓国籍であることなどが赤裸々に書かれています。
その後松田美智子の著書「女子高校生誘拐飼育事件」は、「完全なる飼育」と改題され映画化されています。

二番目の妻熊谷美由紀とは映画「探偵物語」の共演で出会い、その時のことを松田優作は「この女からは離れられない」と感じたと告白しています。
俳優の松田龍平を出産後に結婚し、その後俳優の松田翔太にさらに二人の女の子を恵まれます。
しかし次女は2歳で亡くなっています。
生前の松田優作は短気な性格から、かずかずの傷害事件を起こしています。
しかし同時に、松田優作を本当の兄貴のように慕う俳優も大勢いました。